小林圭シェフの結婚した嫁チカコさんとの馴れ初めは?家族愛が凄い!

小林圭ビジネス

料理とホテルの格付け「フランス・ミシュランガイド」にて、日本人初の3つ星を獲得された小林圭(42歳)さんの受賞が、日本だけでなく世界中で反響を呼んでいますね♪

金髪の風貌通りに?「自分は気難しい」と語る小林圭さんですが、

過去に出演された「情熱大陸」他のインタビューでは、彼の料理の評判同様に「相手の反応を確かめながら言葉を選ぶ繊細さ」を感じました。

しかし同時に、

厨房内では強い調子のフランス語で、調理スタッフへ矢継ぎ早に指示を出し続ける、小林圭さんの映像も捉えられています。

それは表面的なイメージだけにとどまらず、過去には小林圭さんの指示について行けずに、複数のスタッフが同時に辞めてしまった出来事もあるそうです…。

一体どちらの小林圭さんが実像に近いのでしょうか?

あるいは繊細さと絶対的な厨房内の支配、そのどちらも実像であるからこそ、今回のミシュラン3つ星レストランの栄光を実現できたのでしょうか?

今回は受賞を機にメディアの取材が一気に増えた、小林圭さんとご両親の関係、

また現状ではメディアの取材を控えていらっしゃる、小林圭さんの奥様との出会いやご兄弟について、

さらに小林圭さんのこれまで歩んでこられた、生い立ちと信念に迫りたいと思います。

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オーナーシェフ小林圭さんと奥様「ちかこさん」の出会いはいつ頃?

ご本人のプライバシーのため、意図的に情報の露出を控えていらっしゃるかと思われる小林圭さんの奥様についてですが、

当ブログでは、すでにマスコミに提供されている情報にのみ基づいて、小林圭さんと奥様の出会いやご家族との関係を推察したいと思います。

【1】奥様のお名前は「チカコ」さん。

海外メディアの取材に対して、奥様の名前は「chikako」さんであること、現在パリに所有するレストラン「kei」を奥様と共に購入したと伝えられています。

翻訳時のニュアンスが誤っている可能性もありますが、奥様は結婚生活だけでなく、お仕事でも良きパートナーなのかもしれません。

【2】2013年(ミシュラン評価で星1つの時代)の「食べログ」口コミにて、「ホールは奥様が仕切っていらっしゃった」旨の書き込みあり。

拝見したいくつかの映像では、奥様と思われる日本人女性を確認できませんでしたが、上記の口コミが正確であるならば、

  • 奥様はフランス語圏のレストランホールで指示采配することが可能な語学力と、ミシュラン1つ星レストラン(当時)に通用する経験・サービスの技量を有している。

のではないでしょうか?

そのような技量はとうてい一朝一夕では到達しえないでしょうから、小林圭さん同様にフランス料理の料理人として、あるいはホールスタッフとしての経験を、少なからぬ期間共にすることで愛が育まれたのかもしれませんね♪ ^^

(【追記】2011年当時、「食事を食べ終わった後に小林圭さんと奥様が挨拶に来てくれた」旨の記事があります。

2013年の「奥様がホールを切り盛り」の口コミより2年ほど前となりますので、ホールに常に出て指示をされていた訳ではないのかもしれません。)

そしてミシュラン3つ星受賞後の国内メディアの取材にて表示された、小林圭さんのお父様・小林秀俊さんのスマホ画面には、

【3】ちかこ(原文ママ:小林圭さんの奥様?)
2020年 ミシュランで3つ星になりました☆☆☆

ヒデ(原文ママ:小林圭さんのお父様・小林秀俊さんのヒデ?)
おめでとう、良かったね~最高

とのミシュラン受賞時のやりとりが紹介されていました!

お父様がご自身を「ヒデ」と表示するフランクな関係が、なんだかほっとします。もしこちらのメッセージに登場する「ちかこ」さんが小林圭さんのお嫁さんであれば、ご家族の仲も良さそうですね♪

小林圭 父親 母親

長野県諏訪市出身の小林圭さん「お兄様」のお仕事とかわいい画像

小林圭さんの両親であるお父様・小林秀俊さん、お母様・小林範子さん以外に、ご兄弟はいらっしゃるのでしょうか?

お父様が小林圭さんのご兄弟について、

  • 息子は保険会社の起業と、ミシュラン星付きレストランのシェフをしている。

旨の発言を過去にされています。

お名前やご年齢までは分かりませんでしたが、幼い頃の小林圭さん・ご両親と共に写っている、小林圭さんより一回り大きな男の子の写真が海外メディアにて紹介されていましたので、

こちら(左側)の男の子が「保険会社を起業されたお兄様」なのかもしれませんね。

小林圭 お兄さん ご両親

それにしてもお母様・範子さんのお若い頃が美人です!

もちろん今もおきれいですけれど! ^^

フレンチシェフ下積み時代~ミシュラン3つ星受賞までの生い立ち

フランス国内にわずか29店のみ存在するミシュラン3つ星レストランの称号を得た、小林圭さん率いるレストラン「KEI」ですが、オーナーシェフである小林圭さんは日本でどのような少年時代を過ごされたのでしょうか?

そして現在の成功を手にした「フランス料理」との最初の出会いは、いつだったのでしょう。

幼少期~ダイシメ惣菜店で培った日本料理の基礎と両親の愛情

小林圭さんの育った長野県諏訪市にて、地元の人気総菜店として愛されている「ダイシメ惣菜店」。

こちらは元々お魚屋さんとして出発した店舗であり、魚屋さん当時の「魚をしめる=ダイシメ」の屋号をそのまま引き継がれたそうです。

小林圭さんのお母様・範子さんの言葉として、

【1】小林圭さんのお父様・秀俊さんは元々和食の料理人。

【2】小林圭さんは両親の調理する姿を見て育った。

旨を語られていますので、

  • 小林圭さんが物心ついた頃には「魚屋のダイシメ」から「惣菜店のダイシメ」としてご商売をされていた。

のかもしれません。

小林圭さんのレストラン「KEI」を代表する料理として、

「野菜の庭園(ジャルダン・ドゥ・レギューム)」と並んで日本人の口コミ評価の高い料理に「スズキのうろこ焼き」があります。

元々の和食調理人としての腕を生かし、現在のダイシメ惣菜店・おすすめメニューとして「魚の煮つけ」を挙げるお父様・秀俊さんを、小林圭さんは幼い頃よく手伝っていたそうです。

日本に凱旋帰国し、東京のホテルで「レストランKEI」の味を再現した際、

「日本で獲れるスズキ」ではレストランKEIの「スズキの鱗焼き」の再現が難しいので別の魚を選んだ目利きは、本格的なフランス料理修業を開始するはるか以前、幼少期の頃にスタートしていたのでしょうか。 ^^

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フランス料理界に進むきっかけ?アラン・シャペルとの出会い

諏訪南中学校を卒業し、高校に入学して間もなく、小林圭さんにとって「フランス料理人」としての道を歩み始める転機が訪れます。

【1】伝説的なフランス料理シェフ「アラン・シャペル」のドキュメント映像を、当時はアラン・シャペルとは知らずに初めて視聴し、調理服のスタイルを含めて「かっこいい」と思った。

フランス料理の世界に入るきっかけとして、現在は故人であるフランス料理の巨匠「アラン・シャペル」と、上記の出会いがあったと小林圭さんは語られています。

ご両親の手伝いを通じて日本料理のエッセンスは吸収しながらも、まだ進むべき進路が明確ではなかった小林圭さんですが、

現在の活躍を知れば15歳当時の少年の直感の素晴らしさ、そしておそらくそれ以上に大切な「継続力」に感服せずにはいられません。 ^^

小林圭さんが21歳でフランスへ渡航する際、

  • 自分の進みたい道を進めばよい

と送り出したと語るお父様・秀俊さんですが、高校入学間もない小林圭さんが退学を決断した際も、同じように同意したのでしょうか?

さすがに21歳時の決断と同列に判断できる話ではないかもしれませんが、仮に反対していたとしても、現在に続く意思の強さは感じていらしたように思います。

高校中退と同時に地元・長野県茅野市の会員制リゾートホテル「東急ハーヴェストクラブ蓼科」にて本格的な料理人としてのキャリアをスタートされた小林圭さん。

15歳の独り立ちから先は、休日の少な目な料理人にとって、家族の元へ帰省するのは今も続けていらっしゃる「年一回のお盆時期」以外では簡単でなかったと思われます。

(お盆の帰省時はダイシメ惣菜店を毎年手伝っていらっしゃるそうなので、小林圭さんのお惣菜に出会えるかもしれませんね♪)

それでも、いえ、だからこそでしょうか、

日本人のメンタリティとしては少数派である「帰って来たら抱きしめてあげたい」とご両親共に口に出せる家族愛を受けて育った幼少期~少年期があるからこそ、過酷な出来事の方が多いであろう料理人の修業を継続できたのかもしれません。

フランス有名店での修行~パリに「レストランKEI」出店後の困難

1998年12月にフランスへ渡ってから2011年3月にご自身のお店「レストランKEI」をオープンするまで、約11年間の下積み期間だけでなく、

ご自身のお店を持たれてからも「フランス人ではない」ことに起因する様々な困難に直面し、そしてそれらの環境が自身を作り変えたと小林圭さんは語ります。

まず、小林圭さんの語った言葉ではありませんが、「順番を待っていれば、いずれ自分の番になる」という日本では当然のルールを背景とした真面目でおとなしいメンタリティが、フランスの料理界において

  • 良く働いて安く使える(給与について自己主張せず、真面目)

と、よく言えば重宝されているようです。

これはフランスの料理界に限ったお話ではないのかもしれません。ワーキングホリデーでも日本の学生は現地語を喋れない割には就労しやすいというお話も一般的ではないでしょうか。

しかし日本人にとっての日本料理同様、

【1】(フランス料理界では)フランス人シェフ以外はすべての物事で苦労する。

旨を小林圭さんは語られています。

具体的には、

【2】ご自身の「レストランKEI」をオープンさせてから、何度苦情を言ってもお店の前にゴミ箱を放置された。

そうです。

私にとってこの出来事は、決して異国ならではの事情と思えません。

なぜなら世界中で寿司だけでなく、和食全般が人気と敬意を集めている割には、「外国の方がメインで活躍する純日本料理の人気店」を見たことも聞いたこともないからです。

大切な自国の料理を愛する気持ちの裏返しが、排他的な冷たさとして表れてしまうのは、日本とフランスに限られた話ではなく、人間の持つ自然な防衛反応なのでしょうか?

だからこそ今回の、ほぼ史上初とされる「フランス人以外のミシュラン3つ星獲得」が日本以外の海外でも称賛を集めているのでしょう。

それは小林圭さんおよび小林圭さん率いる「チーム・レストランKEI」だけに向けられたものではなく、国内最高峰の栄誉であるミシュラン3つ星を海外からやって来たシェフに冠した、「フランス文化の懐の深さ」への敬意も多分に込められているように見えます。

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まとめ

  • 「おいしい」のは当たり前であり、簡単である。

と語る小林圭さん。

この言葉だけを切り取って聞いたとき、「真面目でおとなしい」私達日本人は、少しおどろいてしまうかもしれません。

いえ、もっと本音の話をするべきですね。「少し傲慢なのでは?」そう思った方もいらっしゃるのではないでしょうか?

少なくとも私は、「少し」そう思いました。 ^^

ですが、ここまで拙記事にて小林圭さんの歩んでこられた道のりに思いをはせて来られた方の多くは、別の受け止め方をされたのではとも思います。

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伝統あるフランス人名シェフの有名店でさえも、来年の3つ星など約束されていない「おいしいのが当たり前」のフランスミシュランにおいて、見事3つ星を獲得した小林圭さんの目には、今、何が映っているのでしょうか?

  • 「オペラ・ガルニエ(オペラ座)になろうよ。」

3つ星受賞後、小林圭さんが「チーム・レストランKEI」に語ったとして、上記の言葉を紹介されています。

ミシュランの明暗を分ける紙一重の要素に、小林圭さんがご両親から受け継いだの果たす役割が不可欠であるなら、

今後もチームとしてあり続けるレストランKEIの未来は、明るいように思います。

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