元大関で現在は西十両13枚目に位置する照ノ富士の好調が話題になっています!
破竹の勢いで大関の地位まで駆け上がりながら、192cm180kgの体躯を支え続けた膝の故障・満足な稽古が出来ないことによる糖尿病の併発・休場と、
坂を転落するように序二段まで番付を落とした際は、「もう潮時か…」と相撲ファンだけでなく、角界の人間・スポーツ誌も本人のためを思った引退論調が主でした。
ふんばり所でふんばった結果、再び日の目を見ることなく去りゆく力士も珍しくない中で、照ノ富士が奇跡的とも言える復活を果たした陰には、どのような物語があったのでしょうか?
今回はすべての現代人にとっての宿業と言える糖尿病を抱えた中で、16場所ぶりに関取として勝ち越しを実現した照ノ富士の秘密に迫りたいと思います!
大相撲の歴史初の【大関→幕下陥落】でも諦めなかった理由とは
2019年3月場所での序二段転落後から、本日2020年1月19日の十両として中日勝ち越しまで、照ノ富士が満身創痍の中から這い上がれた理由は、どこにあったのでしょうか。
手術を繰り返している両膝だけでなく、2型糖尿病・腎臓結石も抱える照ノ富士は、
引退の決意を伊勢ヶ濱親方に何度か伝えています。
一時は自身の生命も危ういと感じていただけでなく、
「かつて大関を務めた力士が、今の姿を世間に見せ続ける」
ことへの責任も感じた上での判断である旨語られています。
糖尿病や膝を快方へ向けた生活習慣
一人の判断に任せてもらえるなら、とっくに引退を決意しているほど、過酷な状況だったのでしょう。
にも関わらず現在の復活を実現できた理由として、
【1】本来であれば付き人を再び務める地位に落ちたにもかかわらず、免除しサポートし続けてくれた親方・おかみさんだけでなく、過去に照ノ富士の付き人を務めてくれた人まで助けを申し出てくれる姿をみて、「この人たちのためにも頑張ろう」と奮起する気持ちが起こったそうです。
【2】恵まれた体格から繰り出すパワフルな、しかし身体への負担もかかる自身の取り組みの見直し。
【3】角界1・2を争う酒豪とされた、お酒好きの完全な封印。
が挙げられています。
その他にも年寄名跡に関わる引退時期の事情等が指摘されていますが、ここまで追いつめられた状況からの復活を可能にしたのは、
周囲の愛と本人の不屈の闘志
これが全てのように思います。
まとめ
恵まれた体躯の人が集まる大相撲の世界でも、ひときわ大きな身体で大関へ駆け上がった照ノ富士。
どれほど逆境にあっても周囲の人が応援したくなるような、ひたむきさを失わない彼は、今回の復活劇についても、
「普通の力士が経験できないことを経験できて良かった」
旨を発言しています。
国技を含めたスポーツ観戦について、
「それはあなたの感動ではない」
として、自身の人生を生きるべきとするアドバイスもありますが、
照ノ富士の立ち向かう姿から私達は、
自分の人生に何かを、生かせるのかもしれません。
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